毒を食らわば皿まで。
草食理系男子の夫とはブログ婚。四十路眼鏡女の結婚育児奮闘記。
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「悲哀と虚無の連鎖」を止めるために
自殺をしてはいけない理由【はてな匿名ダイアリー】


あたしは過去、身内とか友達とか、ごく親しくしていた人が何人か自殺してる。
こんなことなんの自慢にもならないけど、あたしの周りでこんなに知り合いが自殺してる人は居ない。こんなに身内が死んでる人も居ない。結婚してからもすでに身内が数人亡くなってる。なんでこんなにあたしの周りは死亡率が高いのか。
あたしが厄病神なの?

そんな中、最近また自殺者が出た。

正直最初に話を聞いて「またか」と思ってしまった。
「またあたしの知ってる人が自殺・・・」

死んでしまった理由は遺書でもない限り、本人にしかわからない。だけど、だからこそ自殺者と関わった人間はみな一様に自分を責めてしまう。「自分が追い詰めてしまったのでは」「死を選ぶ前に、自分に何か出来たのでは」故人との過去の記憶をさかのぼっては、返ってこない命と時間を嘆くのだ。そして心に傷を負う。故人に近い人ほどその傷も深い。

自殺は自爆テロみたいなものだ。
人間関係的に近い位置に居た人ほど、その爆破の影響で深い傷を負う。テロなので大概予告は無い。心構えも無く無防備に周りの人間は傷つけられ、自責の念に苛まれてしまう。

自殺者が周りに与える影響というのは本当に残酷で。
良い影響なんてひとつも無いと思う。
死者に鞭打つつもりはないけど、自殺する人がどんなに辛い状況で、それしか選択肢が無かったのだと言われても。残された人間に与える肉体的精神的被害を考えたら自殺と言う選択は許しがたい大きな罪なのだ。


日本は自殺者に優しい。
潔い行いみたいに言われることすらある。
場合によっては責任を取ったとか言われ、美化される。
切腹文化の名残りがまだこの国には確実にある。

でも本当に責任感が強い人は自殺したりなどしない。

責任感が強いあまりに自殺することすら出来ず、過酷な日々を生きている人は大勢居るわけで。そしてそんな人達を、自殺をする大勢の人達がギリギリと精神的に追い詰めていく。

自殺者は加害者。

今回亡くなった人や、いじめの被害者として自ら死を選んだ弟には申し訳ないけど、自分を殺すという行為がもたらすエネルギーは絶大で、確実に周りの人間をネガティブにする。そして、それが周りに大きな負の影響をもたらすことがわかっている以上、「自殺」という行為を決して許してはいけないのだ。

自ら死を選ぶのは本人の自由かもしれない。
だけどその死によって周りの人間を苦しめる権利まではない。

思いとどまって欲しかった。なんとしても。
たとえ、生きてることが死ぬこと以上に辛いことだったとしても。



故人の冥福を祈る。
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COMMENT

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◆胸のつかえ
kote | URL | 2008/11/16(日) 00:16 [EDIT]
大変ご無沙汰しています。

> 周りに大きな負の影響をもたらす
まさにこの言葉通りだと思います。
且つ、取り去る事のできないほど
その根は深いと思います。

同時に、周りの人がそうならないよう、
自分にできる事をしたい。そう思います。

びといん | URL | 2008/11/16(日) 01:26 [EDIT]
 俺は、自殺者には優しくないなぁ。悩みがあったろうとか、そういう事は、少しは理解できるけど(決して「あなたの気持ちは分かる」なんて言えない。どんな言葉で表現しても、絶対に本人にしか分からないとおもうから)、自殺って、「自分を殺した、殺人犯」だと思います。
◆関わる「すべての人を被害者にしてしまう」ということが自殺の最大の罪だと思う。
うるめいちご | URL | 2008/11/16(日) 02:23 [EDIT]
>koteさん

コメントありがとうございます。

自殺する人間からしたら「自分が居なくなっても日はまた昇るし、地球はそれでも回っていくのだ」なんて考えてるのかもしれません。
でも、それは絶対に違う。
自殺をされたら、その周囲の人間の時間の流れ方は確実に変わってしまうと思うのです。それはもう、劇的に。しかもネガティブな方向に。
時間が経てば戻るものもあるでしょう。でも戻らないものもたくさんあると思います。たった一人の命と言ってしまえば残酷ですが、でもそのたったひとつの命と引き換えに周りの人間が失うものは計り知れないと思います。

故人を否定せずとも、自殺という行為それ自体は強く否定しなければいけない、そう思います。
今のあたしができることはそれくらいですが・・・


>びといんさん

「自分を殺した、殺人者」
まったくそのとおりだと思います。

しかし、実際問題それを「犯罪」としたところで犯人である自殺者はすでに死んでしまっていて、罪を償わせることも出来ません。
とはいえ、よくある殺人犯のように生きてその罪を償わせることが出来たからと言って、殺された人が帰ってくるわけでもないところは「自殺」も「殺人」も同じかもしれません。だけどただひとつ、違うところがあります。

それは周りの人間の怒りのやり場。

殺人なら殺人犯を糾弾することも出来ますが、自殺だとそれも出来ない。(中には殺人の後、自ら命を絶つ卑怯者もいますし)結局周りの人間は自分を責めたり、社会を責めたり、自殺に追いやった原因を求め「見えない犯人」探しを始めたりします。真相を知る本人はすでにこの世にはいませんので、真実を突き止めるまで一生の時間を費やしてしまう人も居るでしょう。


倫理的な話をすればきりがありませんが、たとえ自分自身と言えども「人を殺した」ことには違いないので、自殺を許してはいけないということよりも、自殺をすることによって周りの人間が負う精神的な負の連鎖の被害があまりにも大きいことが自殺という行為の最大の罪なのではないかとあたしは考えるのです。
◆「悲哀と虚無の連鎖」を止めるために 【追記】
うるめいちご | URL | 2008/11/16(日) 02:41 [EDIT]
何度もブログの記事に「自殺」を取り上げたくないので、コメント欄からですが追記を書くことにします。


自殺を考える人間は強烈な自己否定の下、自己の命を絶つという選択をするわけですが、それは同時に自分に関わる全ての人間の価値をも否定していることになるのです。

そしてそれは強烈な負のメッセージとして残された人間にふりかかる。
故人と親しい親しくないに関わらず、残された人間は自殺者から己の存在やその生の価値を否定され、傷つけられ、奪われてしまう。

その強烈なネガティブメッセージこそが自殺」をしてはいけない最大の理由だとあたしは思っているのです。

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